2006年12月 1日アーカイブ
百式のギャップを埋める (Word Replacer.com)というエントリより
要約すると、「難解な言葉などを誰でも分かる言葉に置き換えたりできるサイト」の紹介。つまり、同じコンテンツをコアな人とライトな人では必要な説明が変わってくる、という事。
そういったギャップをいかになくしていくか、という考えは常に持っておかなければならないのだろう。
たとえばこのブログ。明らかに日本人にしか読めない。否、日本語を理解できる人にしか読めない。それは僕は違う言語しか知らない人とのギャップを埋める努力をしていないから。
僕はこのブログを色んな人に読んで欲しいと思っている。もちろん日本人にだけ読んで欲しいとなんて思っていない。であれば、こういった考えが必要になってくるはずだ。
今後作成するブログにもサービスにも、そういった考えを反映させたサービスにしていきたい。
住 太陽のブログの「とにかくアウトプットしろ」- CSS Nite in Osaka 後録(2/3)というエントリより
とにかく書け、クライアントにはWebは凄いとか何とか、偉そうな事ばっかり言っていて自分がやっていないとは何事か!と、そんな雰囲気の記事だった。まぁ、別に住 太陽さんが怒っていた、という訳ではないが。
しかし、言っている事は理解できる。確かにWebを作っている人がWebの素晴らしさを語っていて、でも素晴らしいと言っている側の人間は実際に実践している訳ではない、という状況はちょっと考えると妙な話だ。
そこまでは分かる。妙な話だというのは理解できる。というか、大いに賛成だ。僕もそういう考えの元にこのブログを書きだした訳だし。でも、少しだけ見方を変えてみよう。人に素晴らしさを語るという事は、すべからくその素晴らしさを体験しなければならないのか。
おそらく、そんな事はないだろう。(※別に住 太陽さんを否定するつもりは毛頭ない。)そもそもWebを生業としている人の全てがwebを好きな訳ではないだろうし、下手したらできれば関わりたくないと思っている人だっているだろうから。でも、自分の好き嫌いに関わらず仕事という物は発生する訳で(まれに自分のしたい事しかせずにお金を稼いでいる方もいるみたいですが)、仕事なのであれば「自分は好きにはなれないし、やろうとも思わないけど、それの素晴らしさは理解できる。」と思う事は至って普通の感情だと思う。
こういうのは単に見方の問題だと思うから、人それぞれに違う意見があるのだと思う。もしかしたらこうやって書いている僕の記事に反対の意見を持った方が大勢いるのかもしれない。そういった意見がダイレクトにコメントやトラックバックで聞けるというのはそれだけでもとても価値のある事ですね。