2007年1月10日アーカイブ
Sankei WEBの【溶けゆく日本人】携帯の奴隷というエントリより
元記事は議員の行動について触れているが、これはもはや日本国民全員の問題であると感じる。
普段から何気なく携帯電話を使っている僕達は、確かにその「いつでもどこでも使える」という携帯電話特有の便利さのせいでむしろ「使えない場合がある」という事に不満を持つようになっている。加えて携帯電話はその小ささから「少々使っても目立ちはしないし誰にも迷惑はかからないからいいだろう」という心理が作用しがちだ。
確かに迷惑にはなりにくいのかもしれない。目立ちにくいかもしれない。しかし少し考えなければならないことが1つあるのではないだろうか。それはTPOを考えるということ。
小学生の時に習わなかっただろうか、「授業中に~をしてはいけません」と。この注意にはどういう意味があったのだろうか。もちろん教えている側の先生が不愉快に思うから、というのが先生としては大半の意見だろう。しかしこの注意には本来「世の中にはやって良いことと悪いことがあり、やって良い事でも時と場所と場合をわきまえるようにしましょう」という意味を含んでいるはずである。
そう考えると元記事で
「まさか、こんなことを注意されるなんて」。だれともなく漏らした言葉には、“小学生並み”に扱われた恥辱が滲(にじ)み出ていた。
という発言があるのも当たり前なのではないかと思える。
人としてやらなければならないこと、注意しなければならないこと、それってみんなは当たり前に知っていることなのだ。ただ、「守らなくても良いじゃないか」という甘えがあるだけである。そろそろその甘えが「小学生と同レベル」ということに大人は気づくべきなんじゃないかと思う。
仕事とは予定が先にあって然りである。まさか毎日の最初の仕事が「今日の仕事を探す」という職場はないだろう。少なくとも何週間くらいかは先の予定は決まっているのではないだろうか。
当然そんな状況で急に別の仕事が入って来たところですぐに対処できる訳がない。しかしそんな状況などお構いなしに否応なしに入ってくるのが仕事というものだが。
もちろんやることが増えるのは会社としては嬉しい限りだが、今抱えている元々の状況次第では断らざるを得ないだろう。そう考えるのは自然だし、抱えすぎてパンクしては元も子もない。
そういう「いえ、私には今これとこれと…なので出来ません。」と言おうとする時、もう一度だけ考えるようにしてみてはどうだろう。
もしかしたら、やっぱり抱えている仕事のどれかが余裕のあるスケジュールだったり、他の人にふれるようなこともあるかもしれない。
結果的にやれる時間は足りなくて断るのかもしれない。しかしその「いや、もう一度考え直してみよう。何とかなる方法を探してみよう。」という思考を常に持つ事自体が大事なのだ。
常に「より良い」を考えるクセを持って仕事にも私生活にも取り組んでいきたい。