2007年5月アーカイブ
プレゼンを受ける側になって思うというエントリを読んだ。いつもお世話になっている広告βさんです。
僕も一応プレゼンをする人(前に書いたんですが、ま、今はプレゼンやってないんですけどね)なのでとても参考になりました。どうやらプレゼンの受け手からのポイントとしては「堂々としている」事が最重要課題なのだなぁと。確かに僕にはそれが足りていない。
これを身につけるにはどうしたらいいだろう
ま、慣れるしかないんだよね。でも現状ではプレゼンをやる機会もないから慣れる事すらできない。そんな状況だ。俗に言う崖っぷちというヤツかな。
だからといって何もしないかというともちろんそういう訳にはいかない。そこで何もやらないのであれば僕は一生自分の弱点を克服できない人間になるんだからやらない訳にはいかない。
まずは自分の書いた企画書をウチのボス(マネージャ)にプレゼンするところから始めよう。その時いかに堂々と話せるかが見物だと思う。目標は「分からなかろうが堂々と!!」だ。まずはそこからだ。自信を持つ、これ、大事だ。
子どもの頃からの習慣なのか何なのか、はたまたほしい物は基本的に手に入ったからなのか、またはほしい物をほしいと言う事が恥ずかしいと思っているからなのか、僕はあまりほしい物をほしいと言わないクセがついている。
そんな子どもが大人になって今はプランナをやっている訳だけど、プランナってのはそもそも何をする人だろう。そう、企画を考えてそれを認めてもらって実行する人。認めてもらう?それはプレゼンをするって事。
強く願い、言葉にする
さて、そこで考えないといけない事は、ほしい物をほしいと言わないクセがついたプランナってどうなんだろう、という事。企画を認めてもらうためのプレゼンで強く「ほしい」と願い、それを言葉と身体で表現できなければ成功する訳がない。
要求する事が苦手な僕は当然の如くプレゼンが苦手だ。というか、ほとんどできない。これではまずいと思いつつも一度プレゼンの苦手なヤツだと思われてしまったのでチャンスも中々来ない。しかしこのままで良い訳もなく、それでも何とかできるようにならねばならない。
その方法、というか手段として、まずは自分の主張をはっきりと言える、というか自分の意見をきちんと持つ、という非常に当たり前の事から始めようと思う。普段の何気ない事にでもちゃんと意見を持つ事が大事なのだと思う。
やっぱり、Stack Stock
その積み重ねで最終的には自分の立てた企画に自信を持って「どうです!素晴らしいでしょ!!」と言える自分になろう。そう、こういったことにも積み(stack)重ね(stock)が大事なのだ。何事も一つ一つじっくりとやる事が大事だ。
最後の一歩は、相手に踏んでもらうというエントリを読んだ。自分で経験した事と誰かに言われた事では自分の中での価値も印象も全く変わってくる、というお話。
不思議だけど、そういうのってやっぱりあるんだよね
確かによくある現象だと思う。人から勧められた音楽を聴いた時には何故か全然良いと思えなかったのに、ふと別の機会で自分から聞いてみようと思ったときには凄く良いと思う事があったり、読んだだけのブログだとそんなに覚えてないのだが、それについて自分の考えを自分のブログに書くだけで記憶してる量も違うし(書いたんだから当たり前だけど)自分の見解も持つくらいには印象に残る。当然このエントリも印象に残る。
stackstockの今後とも絡めてみる
うん、このstackstockを作ったのもそういう理由からだから、やっぱりそうやってドンドン書いていって自分の知識としていきたい。今はそんなにエントリを書いてる余裕がないんだけど、何とかしてもっとったくさん書いていきたい。
更にそれが誰かのためになる事があればもっと良い。僕は色々な事をwebで学んだし、色々なブロガさんからステキな発想、アイデア、考え方を色々もらった。それを次は僕が他の人に繋げていきたい。そのために僕はもっと色んな人の考え方や発想を吸収してここでそれをアウトプットする。
ARTIFACT@ハテナ系 - ケータイとPCのメールの感覚の違いというエントリを読んだ。普段は携帯のメールしか使っていないであろう大学生が、大学の講師にメールをする時に自分の名前を名乗らない、という事なんだが、そちらではPCと携帯の意識の違いからだろうと言っている。
携帯電話の場合、電話帳に登録している相手からしかメールがこないのを前提としており、メールを送ってきた相手の名前は電話帳に登録されている名前が自動的に表示される。
僕のアタリマエ、あなたのアタリマエ
こういう問題ってどちらが悪いって一概に言えないよね。一般的な考えだとやっぱり「最近の若者は…」になるのかな。あ、でもPCメールを普段使わない人も結構いそうだから一般論とはならないかな?まぁ一般論がどちらかは別に問題ではないんだけど。
要は、どっちもただ「当たり前の事」をやっていて「当たり前の事」を思っているだけなんだよね。そこに何の議論を挟む余地もない。マリー・アントワネットと同じだよね。本人何が悪いか何て分からない。こと「普段使うメールの媒体」という世界に関しては自分のいる世界とは全く違う世界なんだもん。
別にこの事に限定しなくても、世の中はそういう事であふれてるよね。当たり前だよね、人間みんな他の人とは違う独自の世界で生きてるんだからね。ま、そんな宇宙語を使わないで言えば「経験したもののちがい」だよね。
歩み寄りの精神があれば
たとえどんな些細な事だろうと僕の常識と感じる事があなたにとっては全く考えられない事だってケースはいくらでもある。それをきちんと分かって、それでも他人を認めてあげるのが一番ステキなんだろう。それを分かってもらうためにみんな頑張って「コトバ」を使うんだろう。他人とのギャップを少しでも埋めようとするんだろう。
みんなんでもっとコトバを使っていこう。もちょっとだけで良いからみんなでみんなと歩み寄ろう。
「企画といえば?」の問いに「パワポ」と頭の中で一番に出てしまうような仕事人向け書籍。企画ってのはパワポありきなんじゃないよ。パワポなんて企画として考えた物を形にするだけの最終的な「装飾部品」なんだよ、って提唱してる。
新米ダメダメプランナ
僕はこれでも一応「企画室」所属の人間なので少なからず企画というものに縁があるし、企画書もパワポにも縁がある。そんな僕はこの本を読むまでは典型的な「企画=パワポ」な人だった。さぁ企画を生み出すぞという時に最初にする事はパワポの新規作成、みたいなね。
新規作成してタイトルをつけたは良いものの、それから何も進まずに何時間も無駄に過ごした日が幾度となくあって、そして〆切だけが近づいていき業を煮やした上司が企画ごと僕からかっさらっていくといったパターンが続いてた。
でも、変われた
そんなどうしようもない僕だったけど、この本に出会って「企画」と「ツール」の分離を意識した企画が少しだけ出来るようになってきたし上司も少しずつ僕に任せてくれるようになった。
この本は「パワポ」の使い方だけに留まらず「企画のやり方」的な事、発想の仕方というのか、良いアイデアを出すにはどうしたらいいか、それをうまくまとめるにはどうしたら良いか、まとまった物を書類に落とし込む時にはどんな手法が有効か、と企画の1から十まで初心者に優しく教えてくれる。あぁ、「初心者向け」とはこういう本に使う言葉なのだな。
僕の下には後輩は特にいないけど、いつの日か後輩ができたらきちんと伝えようと思う。
企画をする人全てに向ける「企画」の仕方を細かいテクニックを絡めて解説している。1つ1つのテクニックは小さな事なので、その気になれば今からでも始められる。即効性がありやる気を出すにももってこいだと思われる。
すぐ始めようと思ったハック
企画書の雛形をストックしておく
企画にはそれぞれに目的があり、ターゲットがあり、ゴールがある。どのケースにもそれに適した企画書の「雛形」が存在する。それを蓄積していけば1から企画書を作る事なく効率的に企画が出来る
外に出て、五感を磨く
自分が気になった物は携帯で写真をとったりメモしたり。机の上だけで完結しない心意気を持つ。
パワポは最後に使う
まずは紙に四角い枠を大量に書いて(1つの四角が1枚のシート)、タイトルや伝えたい事をガンガン書いていく。それをプレゼンのストーリに沿うように番号を振っていく。そして、それを最終的にパワポに落とし込むという順でやる。いきなりパワポを使うとイメージが1枚のシートに限定されるので思考に広がりが無くなる。
アイデア、発想は2段階で作り出す
まずは量を重視してブレストをやるなり紙に思った事を殴り書くなりして大量にはき出す。それをやってから収束、まとめに入る。
とにかくまねしてみよう
こういう類の書籍はとにかく始める事が難しいものが多かったりするが、これは割とやりやすかったり自分の考え方、行動を変えるだけでいいものもあり、とにかく「よし、やろう」と考えやすい。
先日独自テンプレートをやめてMTで無料配布されているデザインに変更した。とても気に入っている。うん、気にいってはいるんだが、とってもバカな事をやっていた。今までのテンプレートに何を貼り付けていたかをすっかり忘れていた。
Javascriptを貼り付けてますです
このサイト、これでも一応アクセス解析をやっていて、googleanalyticsを使っている。ご存じの方もいるだろうが、googleAnalyticsを利用する場合はアカウントを取得してドメインにより指定されたJavaScriptコードをhtmlに貼り付けなければならない。(くわしくはGoogle Analytics入門 第1回 ログインしてレポートを表示しよう | Web担当者Forumを参考に)
だからもちろん以前のテンプレートにはそのJavaScriptが貼り付けられていた。そしてそれを忘れてテンプレートを標準に戻したのだから当然JavaScrioptコードもない状態に戻っている。しかし僕はそれに全く気づかずに約1週間過ごしていた。
えぇ、単に鈍感だっただけですよ
一応異変に気づいてなかった訳ではない。何日に一度かは解析結果を見にgoogle様のところへお邪魔する事もあるので、その時にいつ見てもアクセスが0だったから「何でゼロなんだろ、寂しいなぁ(T_T)」とか思ってた。そんだけヒントがあるのに全然気づかずに単にこのブログが圧倒的に人気がないだけだと思ってたf(^_^)
そしてそのバカバカしいミスに気づいたのが昨日なので、明日くらいは適正結果が表示されるようになるかな♪結構辛かったんだよね、ず~っと0が続いているを眺めているのf(^_^)
何はともあれアクセス解析復活
今までの不安と疑心暗鬼と人間不信(大げさ)の種だった「延々0アクセス」が(おそらく)解消されるだろうから今日からは晴々した気持ちで生活出来る♪
ブロガのみなさん、自分はアクセス数なんて気にしてないと思っていても、実は結構ショックですから、僕みたいな凡ミスには気をつけて下さいねf(^_^)
自作テンプレート断念
元々はMTのテンプレートから全部自作でやってたんですが、それだと次にデザインを変えたくなった時に結構面倒になると思ったからテンプレートをデフォルトにもどしてPluginのStyleCatcherを使ってお手軽デザインに変更。 本当は前のロゴとかは凄く気に入ってたんですが、それより何より、配色の関係で文字が非常に読みにく苦なってしまっていたのが一番の原因なんです。今回のテーマのテーマ
なので今回のテーマは「シンプルイズベスト」です。文字が読みやすいデザインを最優先に決めたつもりです。装飾がほとんどなくすっきりしているデザイン。最速インターフェイス研究会くらいさっぱりしたテーマを捜したつもりです。僕はどうやらエントリを短文で済ませようと心がけてもそれなりに文字数が多くなる人のようなので飾りっ気がない方がバランスがとりやすいかと。本当にテンプレートで満足か
しかしまぁ、すでに不満はございます。ちょっとしたとこなら強引にでもCSSのみの変更で何とかしますが、タグ自体を何とかしたいとかすでに考え中なのです。ま、ロゴも入れたいしね♪ どうせいつかどこかの休みを使ってじっくりサイトデザインを考えてMTタグ組んでCSS書いてってやるんだろうなぁ。そんでまた少ししたら「やっぱり配布してるものの方が洗練されてて良いな」とか言い出すんだろうな。あぁ、堂々巡りの優柔不断とは僕の事です。 でもま、そんなんもひっくるめてブログやってるのは楽しかったりするから良いのかな。先日の書いた「なりたい自分をイメージできればそのままなりたい自分になれる」というエントリを書いている最中、凄く考えさせられた、と最後に書いた。
ついに僕は目覚めた
あれを書いている最中は、「あぁ、僕は情けないな」とか「何でこんなに中途半端なんだろう、ダメだ」とか考えてた訳です。でも、そうやって反省したのってここで僕がブログを書いているからなんですよね。もし僕がこの「stackstock」をやっていなければ一生思い出さずにいたかもしれない。これは以前にも書いた「誰がために記事を書く」でも触れている事だが、それを身をもって経験した、といった感じだ。
書く者、書かざる者
多くのブロガーさんは誰しもが「自分にプラスになる」という。しかしブログを書かない人はどうプラスになるのかが分からないし、説明を受けても「僕はあなたみたいにはなれないから」と拒絶してしまう。そして試しにブログを書いてみた人だってそんなに毎日毎日自分に変化は起こらないからプラスになる事は実感しにくい。だからかな、ブログを書く事を続ける人がそんなに多くないのは。
stackstockの夜明けじゃ~!!
このstackstockは自分を成長させるものにしようと決めて始めた。だから積み重ねて蓄積していくのだ。そして僕は先日のエントリでブログに対する認識を再度認識できた。これがパラダイムシフトというヤツだ。
今日はstackstockの夜明けだ。これを境にStackStockは生まれ変わります。特に僕以外には変化はないかもしれません。ま、でも僕の変化が一番大事な訳だからとりあえずそれでよしとしよう。
僕が勤める会社の社長に言われたことのある言葉の1つ
「人間は自分でこうなりたいと思った通りに必ずなるもんなんだよ」
その言葉だけ聞くとかなり疑わしい言葉だ。もし本当にそうであったら全ての人がお金を持っていて幸せになっているはずだ。だけど現実はそんな事はない。
幸せな人、不幸な人の違い
しかしここで1つ考える余地が残っている。じゃあ、幸せな人と不幸な人の違いはなんなんだろう。何がその違いを生み出すのだろう。貧困な家庭に生まれながら偉業を成し遂げ巨万の富を得た人もいれば、とても恵まれた家庭に生まれても無一文になってしまう人もいる。みんな幸せになりたいと思っているのにそうなっていない事もある。
それは、端的に言えば「思いが足りない」という事なのだそうだ。こうなりたいと強く願えば当然そうなるための努力が必要だし、そうなりたいのであれば苦でもないはずだ、と。
例えば僕が今出世したいとする。全力で何が何でも出世してやると思うのであればやれる事はたくさんあるしやる事は全然変わってくるだろう。しかし、僕の心の中には「このままで何か不都合がある訳じゃない。今でも十分頑張っているんだからいじゃないか」と思っている僕もいる。
この思いがあるかないか、それが全てなのだ。
全力で余計な事は何も考えずにそれにのみ集中する事が出来れば出来ない事など何もないのだ。普通の人はそれをやらないのだ。しかし、偉大な人、幸せな人はすべからくやっている。そこが決定的に違うところ。それだけ強い意志があるから出来る事は変わってくるし考える事も変わってくる。
これからの僕
さて、僕はこれを書いている最中に反省をするくらいに中途半端に仕事なり人生なりを思ってきた。今に満足しているかと言えば、そんな事はない。しかし、妥協していないかと言われれば完全に妥協してしまっている。こんな事で良いのだろうか。何だか自分で書いていて自分が一番考えさせられたエントリでした。
最近Twitter系のネタが多いなぁとかtwitter全盛だなぁとかコミュニケーションの在り方とかが話題の中心だなぁとか思う事があり、もはや社会現象だな、と感じた事もある。しかしそれは僕が(web上に)住んでいる地域の事であり、別に一般的な事でも何でもないのだとも感じた。何故なら僕の(リアルの)周りの人たちはほとんどtwitterの存在を知らないのだ。僕としては常識だったはずの事を知らない人がこんなに多いとは思わなかった。
その原因の最たるものはRSSリーダなのではないだろうかと思う。僕の使用しているRSSリーダはLivedoorReader(以下LDR)なのだが、リーダを利用すると自分の知りたい情報をピンポイントに知ることが出来るようになる。しかも、webでの情報発信が容易になったことにより知りたい事についての記事を書いているようなブロガーもいたりして、「この情報の入手にはここだけ見れば十分」という状況になる。
すると、その自分のテリトリでは何度も話題に上っている事などはもはや常識であるかのような錯覚に陥り、当然みんなが知っているという勘違いが発生する。しかし、それが本当に周りの人がすべからく知っていることなのかというとそうではない事が多いだろう。もはやこの世(web)はどんなニッチな趣味にでも情報と仲間を提供してくれる。いや、発見させてくれる。
そう考えると、「自分の知っている事はみんなが知っている事ではないかもしれない」という認識さえ持てばとても素晴らしい世界になったと捉えるべきだろう。自分の努力でほしい情報は手に入れる事が出来て、自分次第で可能性は無限に広がる。