書くジレンマ

2009年06月11日

書く事のジレンマってあるよなぁ、とよく思う。だってこのブログに書いている事なんて僕が思っている事の100分の1にも満たないもん。「人に話したい事」だけでももっともっといっぱいあるのに、こうやって実際に書くのはほんの一握り。

これをね、どうにかして限りなく100%に近い数値にしたいなぁといつも思うんだけど、それはいつまで経ってもかなわない訳です。

書く事ってのは理論的じゃないといけないから?喋っている事をそのまんま文字にできれば可能になるのかな。後は、トーンかな。喋る時なら自分の話し方一つでテンションの高い話にもしたりしやすいからかな?

でも、文章にもそういう声で言うところの「トーン」を表現する方法はきっとあるんだよね。だとすると、僕はその方法を使えていないのか知らないかなのかな。

後はさ、これは決定的な事だと思うんだけど、書く作業って、まぁこれがかなり面倒なんだよね。とにかく面倒。本当に面倒。これだけ言うくらい面倒。喋るよりよっぽど時間も手間もかかる。まぁそれも訓練次第と言われてしまえばそれまでなんだけどね。

これだけ違うのにさ、それでも何でこうやって書くかと言うと、一番簡単に後の時間に残せるっていうメリットなんだろうね。代用品も多いし、探す事もやりやすい。最初辛い思いをすると後々ラクチンって事。汎用性が高いのかな。若い時の苦労は勝手でもしろって格言もある事だしきっとそういう事。

すると何だ、そもそも「何でこうやって自分の思いを記録、発信してるのか」って事だよね。もし聞いて欲しいんだったら書かずに喋れば良いだけ。でも、それはリアルタイムな人やそもそも「僕」に対しての認知がある人にはかなり有効な手段だけど、蓄積された物を探して僕を知るような場合にはやはりテキストにはかなわない、ってとこか。

ふむ、じゃあ、書くのが本当に面倒になって、かつ僕が思っている事が何かしらの共感をある程度の人数に得られるような状況になったら初めてテキストをやめてラジオでもやれば良いのか。

・・・遠い話だね。まぁ、良いんだけどね、どうでも。

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