全面に押し出す言葉

2007年01月07日

ただのにっき ◆ GTDのタスクは、Actionに入れて初めて「タスク」になるというエントリより

僕はやること、やりたい事をタスクと捉えて1つ1つこなしていこうと考えている。そして「これもやらなければ。あぁ、これもあった。うわぁ、やらなければならないことが多すぎる(T_T)」

というような事に陥る可能性を秘めている人間である。実際そうなった事が何度もあるのだからそれは疑いようがない。何でウチ(の会社)はこんなに仕事が多いのか、何でこんな量を1人でやらなければならないのか、という考えが常にあるような状態だった。

しかし、それは仕事の1つ1つをタスクとして捉えていない時の仕事の落としっぷりからすれば大きな成長だと思える。タスクを管理していない時は「やるべき事を思い出す」という作業が度々発生していたくらいなのだから。

そんな状況から脱出する事ができた便利な考え方の「タスク管理」は僕の中で流行となってその影響は私生活にまで及ぶようになった。買い物リストから支払いリスト、はたまた目標を立てて(運動をして筋肉のない自分から脱出する、等)それに向かっての毎日やることリストまで作った。効果はもちろん良い。支払いを忘れることも買い物を忘れる事もなくなってきた。

しかし、タスク管理というシステムの性質上、感覚としては「やらされている感」の強いものであると思う。そのタスクを作ったのは自分なのだから「やらされている」という表現は違和感を感じるのかもしれないが、やはり感じる印象は「やらなければならない」なのだ。これを感じのみで簡潔に言うとどういう言葉になるだろう。そう、「強制」だ。タスク管理というものは、タスクを作成している自分は「自分よ、頑張れ!」と思いながら管理するのだが、いざそれをやらなければならない自分になってそれを読むと、「頑張れ!」というより「早くやれよ!」と言われているように感じる。

そう考えると ◆ GTDのタスクは、Actionに入れて初めて「タスク」になるの発想が大事になっていくのだろう。タスク制作者(まぁ自分なんですけどね)が自発的に「~達成の為に!~をしよう!」などという言い方をしていけば少しは気が楽になるのだろう。つまり「欲望、夢を常に全面に押しだそう!という発想。

…何というか、書いていて「あぁ、そうだね。ちょっと楽な気がするよ」とか何とか思ってみたりしたんだが、人間って結構単純にできてるんだなぁ。表面にプラス思考で書かれているか普通に書かれていないかだけで違う印象を持てるんだから。…ま、そんな僕は好きですがね。

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