小学生と大人のモラル

2007年01月10日

Sankei WEB【溶けゆく日本人】携帯の奴隷というエントリより

元記事は議員の行動について触れているが、これはもはや日本国民全員の問題であると感じる。

普段から何気なく携帯電話を使っている僕達は、確かにその「いつでもどこでも使える」という携帯電話特有の便利さのせいでむしろ「使えない場合がある」という事に不満を持つようになっている。加えて携帯電話はその小ささから「少々使っても目立ちはしないし誰にも迷惑はかからないからいいだろう」という心理が作用しがちだ。

確かに迷惑にはなりにくいのかもしれない。目立ちにくいかもしれない。しかし少し考えなければならないことが1つあるのではないだろうか。それはTPOを考えるということ。

小学生の時に習わなかっただろうか、「授業中に~をしてはいけません」と。この注意にはどういう意味があったのだろうか。もちろん教えている側の先生が不愉快に思うから、というのが先生としては大半の意見だろう。しかしこの注意には本来「世の中にはやって良いことと悪いことがあり、やって良い事でも時と場所と場合をわきまえるようにしましょう」という意味を含んでいるはずである。

そう考えると元記事で

「まさか、こんなことを注意されるなんて」。だれともなく漏らした言葉には、“小学生並み”に扱われた恥辱が滲(にじ)み出ていた。

という発言があるのも当たり前なのではないかと思える。

人としてやらなければならないこと、注意しなければならないこと、それってみんなは当たり前に知っていることなのだ。ただ、「守らなくても良いじゃないか」という甘えがあるだけである。そろそろその甘えが「小学生と同レベル」ということに大人は気づくべきなんじゃないかと思う。

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