なりたい自分をイメージできればそのままなりたい自分になれる
2007年05月10日
僕が勤める会社の社長に言われたことのある言葉の1つ
「人間は自分でこうなりたいと思った通りに必ずなるもんなんだよ」
その言葉だけ聞くとかなり疑わしい言葉だ。もし本当にそうであったら全ての人がお金を持っていて幸せになっているはずだ。だけど現実はそんな事はない。
幸せな人、不幸な人の違い
しかしここで1つ考える余地が残っている。じゃあ、幸せな人と不幸な人の違いはなんなんだろう。何がその違いを生み出すのだろう。貧困な家庭に生まれながら偉業を成し遂げ巨万の富を得た人もいれば、とても恵まれた家庭に生まれても無一文になってしまう人もいる。みんな幸せになりたいと思っているのにそうなっていない事もある。
それは、端的に言えば「思いが足りない」という事なのだそうだ。こうなりたいと強く願えば当然そうなるための努力が必要だし、そうなりたいのであれば苦でもないはずだ、と。
例えば僕が今出世したいとする。全力で何が何でも出世してやると思うのであればやれる事はたくさんあるしやる事は全然変わってくるだろう。しかし、僕の心の中には「このままで何か不都合がある訳じゃない。今でも十分頑張っているんだからいじゃないか」と思っている僕もいる。
この思いがあるかないか、それが全てなのだ。
全力で余計な事は何も考えずにそれにのみ集中する事が出来れば出来ない事など何もないのだ。普通の人はそれをやらないのだ。しかし、偉大な人、幸せな人はすべからくやっている。そこが決定的に違うところ。それだけ強い意志があるから出来る事は変わってくるし考える事も変わってくる。
これからの僕
さて、僕はこれを書いている最中に反省をするくらいに中途半端に仕事なり人生なりを思ってきた。今に満足しているかと言えば、そんな事はない。しかし、妥協していないかと言われれば完全に妥協してしまっている。こんな事で良いのだろうか。何だか自分で書いていて自分が一番考えさせられたエントリでした。
この記事の分類
種類: 目から鱗
FBでコメント